土屋　圭

　「早く子供達に会いたい」。帰国して既に1ヶ月が過ぎるが、今でも時間があるときは子供達の写真を見たり、ラジオで流れていた曲を聴いたり、マドレからの手紙を読んだり。この夏の2ヶ月は本当に充実した内容の濃いものであった。

　出発前は初めてのボランティア活動だが子供が大好きであるし、施設で暮らすのはめったに出来ないことで楽しみであるし、何よりもスペイン語を上達できるように頑張ろうと考えていた。しかし、現実は全く異なるものであった。子供達は非常に元気で活発な男の子たちであったが、時々子供の冗談が想像以上に限度を過ぎたものでそれを注意しても耳を傾けてくれない、マドレに子供達が起こした悪ふざけを言ってもうまく伝わらない、一緒の部屋で住んでいたメキシコ人ボランティアともうまく意思疎通できない。｢僕は何のためにここにやってきたのか。子供達の遊び道具なのか。｣着いてからの２、３週間はこのようなことを考えていた。しかし子供達のバックグラウンドをボランティアから聞いて非常に驚いた。日本人からするとそんなことが現実であるのか、疑ってしまうほどのこと。しかし、それは事実であるのだ。僕にはどれほど子供達が過去に深い傷を負ったのか検討もつかない。自分がどれほど恵まれた環境で育っているのか。｢親がいる｣ということがどれほど幸せなことであるのか。それからというもの、何のためらいもなく子供達が自分に望むこと、それを一生懸命行うことが出来た。子供が外でサッカーをしたいと思っているのならば一緒にするし、木登りをしたがっていれば肩を貸してあげるし。しかし、ここで難しいのはただ単に子供達の望むように動くだけではいけないということである。いくらやりたくないと泣いても宿題はやらせねばならないし、美味しくないから食べたくないと言われても残してはいけない。そのラインを見定めるのに大変時間がかかった。

　また、この２ヶ月の中のたくさんの経験の中でも強く印象に残っているのがBetoという少年とのことである。彼はダウン症をかかえていて特別学校に通う15歳。みんなが外で遊んでいても別の場所で一人で座って本を眺めていたり、歌のようなものを歌っていたり。彼は話すことは出来ず、ウーウーうなっているように見えたのが初めの印象だ。僕は2ヶ月間この子の担当になり、朝起こし、制服に着替えさせ、髪を整え、夜には風呂に入れて寝かせてあげていた。初めはどのように接すれば良いのか分からず、自分の意見を押し付けてしまっていた。ある日、大きな声をあげて｢靴を履きなさい。どうして履かないんだ!!｣と怒っても彼も大きな声で叫んでどうしても履いてくれないときがあった。実は、その日は学校が休みで革靴は履かない日であったのだ。僕は本当に自分のしたことを悔やみ、Betoに何度も謝った。その日を境に彼の話す言葉に深く耳を傾けるように心がけた。すると、所々彼の言っている単語が分かった。そうだ、彼だってスペイン語を話しているのだ。それからというものBetoと意思疎通が出来ているように感じ、彼とのコミュニケーションが本当に楽しくなった。彼は自分の身の回りのことは一人で出来るし、僕がトイレに入ったときに何度もドアを叩いてきたので「どうしたの？」と聞いたらトイレットペーパーを差し出してくれた。なんて心の優しい子なのだろう。朝、部屋から食堂までの間はいつも手を握って二人で話しや遊びながら歩いていた。担当になって半分位が過ぎたころにはKeiと名前を呼んでくれるようになった。食事のときに一緒に座ってくれとも言われた。他の子供達からからかわれている時には僕を呼んで助けを求められた。これら全ての行動が涙が出るくらい嬉しかった。それと同時に彼に対して固定観念や偏見を持っていたことをとても情けなく思った。確かに、数字を数えることはまだ出来ない。しかし、心の優しさを持っていることは何にも変えることが出来ないだろう。長い人生において2ヶ月間というとても短い間を一緒に過ごしただけだったが、彼は僕の大切な親友だ。彼も同じように感じていると嬉しい。

　ボランティアとして参加したのだが、子供達、マドレ、メキシコ人ボランティア、メキシコでの生活から貰った感情、経験は果てしない。そして2ヶ月で終わったのではなく、今現在の自分にも影響を与えてくれている。Julieta(メキシコ人ボランティア)の｢あなたたちを愛してる｣、Madre Marieの｢絶対にまたここに来なさいよ、また一緒に踊るわよ｣、Ablahamの｢Keiが大好き｣、Felipeの｢僕は日本人の味方だよ｣、シーツに指で書いた｢Te quiero(大好き)｣という言葉など。スペイン語以上のたくさんの事を学んだ。一生忘れることはない、メキシコでの2ヶ月間。

　最後に、今回僕らの活動を支えてくださった先生方、イエズス会士、マドレ、そして2006年度メンバーに感謝いたします。本当にありがとうございました。

 

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