青木　麗

２００６年８月３日、CASA　LOYOLAでの待望のボランティア生活が始まった。迎えてくれた子どもたちは自分のことを覚えてもらおうと私に必死でアピールをしてきた。キスと抱擁を何度もしてくる子、自分のしているブレスレットをプレゼントしてくる子、強引に手を引っ張ってどこかに連れて行こうとする子、一日目にして彼らの独占欲の過剰な強さを目の当たりにし戸惑った。また、彼らの怖いほどの満面の笑顔が不気味でしょうがなかった。厳しい境遇にさらされ傷ついた子どもたちが初対面の日本人に何の不信感ももたずニコニコしているのが不思議で、これもアピールの一種なのかと私は疑ってしまったが、後にこれが単なる偏見にすぎなかったことに気づかされる。

TIOS（夫婦）の教育はびっくりするほど行き届いており、掃除・洗濯を含め身の回りのことは全て子どもたちがこなし、宿題の時以外彼らがボランティアに頼ることはほとんどなかった。わずか３歳の子がひとりでベッドメーキングをし、食べ終わった食器をシンクまで運び、洗濯物を自分のロッカーにたたんでしまう。その光景をただ感心して見ながら、今まで根拠のない自立を宣言していた自分が恥ずかしくなった。

想像以上に手のかからない子どもたちであったので、私に課せられた仕事は学校の送迎、食事の支度、宿題の手伝いのみであった。そして余った時間をどう子どもたちと過ごすかと考えたとき、労働面に限らず精神面でのサポートをしようと思い立った。しかし、このサポートにはいわゆる労働とは違って、スペイン語での会話力が不可欠であった。メキシコ人ボランティアが短時間で子どもとコミュニケーションをとれるのに対し、私は慣れないスペイン語で一対一で少しずつ理解し合っていくことしかできず、その長く難しい道のりに何度も挫折しそうになった。“言葉さえ通じれば”と何度も自己嫌悪に陥ったが、何とか彼らの支えになりたいという強い思いが、言語という壁を越え、私と子どもたちの距離を縮め、いつしか信頼に変わっていった。

滞在期間も残り半分となった時、私に一番信頼を寄せていてくれた子がカナダの若夫婦の養子に入るということを聞かされた。出発当日、いつも大はしゃぎしている元気な子どもたち全員が別れの辛さから大粒の涙を流した。今まで生活を共にしてきた“家族”のような仲間を失いたくないという気持ちで彼らの心は破裂しそうになったはずである。しかし彼らは決して“行かないで！”という言葉を口にすることはなかった。それは新しい家族ができるという最高の幸せをつかむことができた彼のことを、心から祝福したかったからだと思う。ここの子どもたちは、人の心の痛み、そして幸せを分かち合う大切さをすでに知っていたのである。

また、みんなが音楽に合わせて楽しく踊っている中、ひとりの女の子が隅で泣いていたことがあった。「どうしたの？」と聞いても「なんでもない」と作り笑いをして答えるので、心配してTIOSに尋ねると、「音楽の歌詞が彼女の家族のことを思い出させて急に寂しくなったのよ」と教えてくれた。この時、大学で習ったスペイン語は全く役に立たたず、自信があった笑顔も力になれず、無言でギュっと抱きしめてあげることしかできない私は無力感でいっぱいだった。しかし、最終日にみんなに書いてもらった将来の夢カードに、その女の子は“ママになって愛情と誇りいっぱいの家庭を築きたい”と答えた。そして驚くことに半分以上の子どもがこれと同じ夢を抱いていた。ひどい虐待を受け一方的に親子の縁を切られた経験があるにも関わらず、みんな家族の大切さ、愛おしさを知っている。その上で自分は自分の親の過ちを繰り返さない正しい人間になる、という確固とした意志をもっている。あの時涙を見せた彼女は私が思っているよりも強かった。

私は気付いた。初日に見た彼らの笑顔はまぎれもなく純粋なものであり、彼らの強さそのものであった。私は今まで遠くから感傷的な目線で子どもたちをみていたけれど、彼らは実際私が思っているよりも不幸せではなかった。もちろん自由のない困難な生活を強いられているけれども、彼らはみな現実を直視して前向きに生きようとしている。そして明日のエネルギーのために今日をめいっぱい楽しんでいる。彼らの心の中には絶望を吹き飛ばすくらいのユーモアやジョークを生み出す余裕もあった。事実、２ヶ月間私が子どもたちの泣き顔を目撃したのはほんの数回であり、あとは笑顔と笑い声が満ち溢れていた。

CASA　LOYOLAでの経験は、子供たちの人間性や人生観を知るきかっけとなり、彼らに対する私の見方を変えた。そして、この経験が確実にチリでそして私の未来で生かされていくことは間違いない。

最後に、ガジェゴ先生を始め、先輩方、SVEの神父様、 CASA　LOYOLAでお世話になった全ての方々、メキシコ人ボランティア、そしてSVEの７人の仲間に感謝したい。

 

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